妊娠高血圧腎症で管理入院となり、37週0日の誘発分娩で2000g未満の赤ちゃんを出産した私ですが、出産当日のことはこちらにまとめました。
このシリーズの全記事は、こちらの目次ページからまとめて読めます。

出産直前には、私自身がパニックみたいになってしまったり、胎児心拍の低下もありました。バタバタと分娩室に移動し、なんとか経膣分娩でき、無事に一晩を母子同室で過ごせました。
——でも翌朝、赤ちゃんの入院が決まりました。この記事では、入院が決まるまでの一晩と、そのときの母である私自身のことを綴ります。
この記事でわかること
・出産翌日、赤ちゃんの入院が決まるまでの一晩の様子
・低血糖のリスクや基準についての基礎知識
・入院が決まった朝の医師とのやりとり
一晩つづいた血糖測定📝
無事に過ごせたと言っても、赤ちゃんは2,000g以下。低血糖のリスクがかなりあったようで、一晩の間に何度も血糖測定され、その都度低血糖でミルクを足していた様子。それでも血糖値は下がり、維持できない状態でした。
私自身は、産後ハイもあってか、眠くて時々うとうとするものの寝付けず。
あまりに小さい赤ちゃんが気になって、ずーっと愛でていました。
ここで豆知識💡
①低血糖って、血中の糖分が不足している状態のことを言うんだけど、大人の基準とはかなり違います☝️
生後24〜48時間では、正期産で45mg/dl未満、早期産で30mg/dl未満と言われているそうです。
②低血糖になるリスクは、低出生体重児、早産児、巨大児、母体の糖尿病や妊娠高血圧症候群、血液型不適合による溶血など色々あります☝️
(参考:MSDマニュアル「新生児低血糖」)
夜中の様子🧐
夜中、担当のスタッフさんが血糖測定に連れて行っては、「血糖が少し低かったからミルク足したよ〜」と戻ってくる。
そのたびに小さな体を見つめながら、「あぁ、小さいなぁ…」としみじみ。
ウトウトしながら抱っこしてみたり、おむつを替えてみたり。眠いはずなのに、不思議と穏やかな時間でした。←これがウワサの産後ハイなのか…。
泣いててもその声がか細くて愛おしい。「泣かないで!」よりも、「もっと聞かせて!」と思ってしまう。3人目だからなのか、40歳を過ぎて少し心に余裕ができたのか…。
そんな泣き声やフガフガしている姿を動画に残してしまいました。
幸いにも、後陣痛はほとんど感じませんでした。
その代わり、もともとあった両手のしびれと手首の痛みはマックスに。
後陣痛のために処方された痛み止めが、結果的に手首の痛みにもよく効いてくれました。妊娠後期は飲めなかった分、久しぶりに痛みがやわらいだのを覚えています。

自分から出てきたばかりの赤ちゃん。ちょっと現実感ないですよね。
目も開くか開かないかのミャーミャー言ってる感じとか含めて小さくて守りたい存在。
可愛すぎて仕方ない。と思う反面、鳥のような…小動物だなー。と思うことがあります。
血糖測定を継続して迎えた朝🌅
産まれた翌朝、ちょうど朝食の時間帯。生後12時間くらいが経っていました。
抱っこしながら、のんびり過ごしているところに新生児科の医師から話がありました。
「赤ちゃん、低血糖あるから入院・治療が必要です。」
内容として覚えているのはこれだけ。
淡々と説明されるのを聞きながら、頭の中では「赤ちゃんの低血糖って、どのくらいのことを言うんだろう?」「点滴かな? すぐ治るなら早くお願いしたいな…」「一緒に退院できればいいよね」なんてことを考えていた気がします。
でも、正直うろ覚え。話を聞いてるだけで特に頷いたりとかの反応をした記憶もない。「はい」って返事はしたと思うんだけど😅
そんな私の反応に医師は、聞いてるの?理解してるの?というような表情で「わかってる?」というような質問を投げかけてきました。
当直明けだったであろう医師、反応の乏しい私にちょっとイラッとさせちゃったかな?
「詳しいことは日中の医師から説明がありますので、取り急ぎ治療が始められるようにベッド準備していきます。」
と医師は退室していきました。
それから少しして、日勤の看護スタッフから「医師から聞きましたか?赤ちゃん、このまま入院になりますので、準備ができたらまたご案内しますね。」と声をかけられました。
そして、赤ちゃんはそのまま看護スタッフに抱かれて病室を出ていきました。なんか寂しく感じました。
そして、ここから面会できるまでの待ち時間が、想像以上に長く感じることになるのです。
その話は、次の記事で詳しく書いています。
MFICUから一般病室へ移動
私のいた病室は、MFICU(母体胎児集中治療室)という個室でした。そこは、妊娠中の管理個室。なので、産後の私は卒業。移動した部屋は、配慮なのか赤ちゃんがいない大部屋でした。
それでも廊下を歩いていると聞こえる赤ちゃんの泣き声。かわいいなー。と思う反面、私は一緒にいられないんだ。と寂しく思うことがありました。
もちろん、産前の私のように管理入院で、私以上に制限された入院生活をしている人もいたので不可抗力とはいえ、なんともいえない気持ちになる部分でもありました。
私自身は経験できなかったけれど、産後病棟の廊下を歩いていると、陣痛の合間なのか、お産を進めるためなのか、夫婦で話しながら歩いている妊婦さんたちの姿を何度か見かけました。すれ違うたびに、心の中で「がんばってー」「無事に生まれますように」と祈っていました。
別々に過ごすことになった誕生翌日から
こうして、赤ちゃんはNICU(GCU)に入院し、私は赤ちゃんのいない病室で産後を過ごすことになりました。一晩一緒に過ごせたこともあって、翌朝には離れ離れになるなんて想像していませんでした。
そして、まさか一緒に退院できなくなるなんて、思ってもいませんでした。
まとめ|一緒にいられるのは、当たり前じゃなかった
- 血糖測定は3時間ごと。時間になると担当の方が部屋まで来て、赤ちゃんを連れて行ってくれた
- 数値が低いときはミルクを飲ませて戻してくれた。吸う力が弱いのかもしれないと、カップに搾乳したものを飲ませる方法も提案してもらえた
- 泣いたり、おしっこや胎便が出てオムツを替えたり。低血糖の症状と言われるものは、見られていなかったと思う
- 結果的に新生児低血糖で入院になったけれど、一晩だけでも一緒に過ごせたのは、私にとって貴重な時間だった
- 一緒にいられることは、当たり前じゃない。それは今いっしょに暮らす家族にも、遠くにいる親や兄弟にも言えることだと思う
※この記事は体験をもとにした記録です。同じ診断名でも、経過や治療の内容は一人ひとり違います。気になる症状があるときや、治療・服薬の判断については、必ず主治医や医療スタッフにご相談ください。

今回は、赤ちゃんが入院になるまでの一晩と私のことを書きました。
次回は、赤ちゃんのことと私の思いについて書きます。
▶︎続きはこちらから



コメント