臍帯血(さいたいけつ)は、公的バンクに提供するか、民間で保管するか。第一子・第二子のときは何もしなかった私が、40歳・3人目の出産では民間の臍帯血保管を選び、無事に保管できました。
決め手は「これが最後の出産」だったこと。この記事では、病院で相談してわかった公的と民間の違い、民間を選んだ理由、そして臍帯血を採った出産当日のことをお伝えします。
妊娠高血圧腎症での管理入院と、誘発分娩の流れは誘発分娩の出産レポ前編に書いています。
🏥 公的と民間、何が違う?|病院で相談してわかったこと
妊婦健診のとき、何度か病院に相談しました。「公的な臍帯血バンクなら調整できますが、民間の場合はご自身で手配してください」とのこと。
大学病院なので主治医は固定ではなく、その都度診察する医師によって温度差はありましたが、基本的な返答はみんな同じでした。病院から「強くおすすめされる」こともなく、もらったのは赤十字の資料が数枚程度。
調べてみると、公的と民間は目的がまったく違いました(出典:厚生労働省「赤ちゃんを出産予定のお母さんへ(臍帯血関連情報)」)。
- 公的さい帯血バンク(提供):白血病などの病気で移植が必要な患者さんの治療に使うため、国の許可を受けた事業者。臍帯血はお母さんたちから無償で提供されている。提供できるのは、公的バンクと提携した産科医療機関に限られる
- 臍帯血プライベートバンク(民間・保管):本人や家族の病気の治療のため、まだ医療技術として確立されていない再生医療などに将来使う場合に備えて、保管費用を払って保存してもらう。国の許可を受けた事業者ではない
つまり私にとっての違いは──「お金」と「自分や家族のために使えるかどうか」。民間バンクは家族のために使える分、費用は自己負担。「日割りで見たらそんなに高くない」という宣伝を見ても、まとまった額を払うとお財布にはずしっと響きます。笑
💭 それでも民間で保管すると決めた理由|「最後のチャンスかもしれない」
妊娠中、臍帯血が再生医療の研究に使われていることを知り、「この子の誕生の瞬間にしか取れないもの」だと強く意識するようになりました。妊娠中に何度も悩みながら、最終的に選んだのは民間の臍帯血保管。理由は2つあります。
ひとつは、家族にがんが多いこと。もうひとつは、子どもの発達について、小さな気がかりがあったことです。
今後研究が進めば、臍帯血が病気の治療や支援の糸口になるかもしれない。そして今回が、私にとって最後の妊娠・出産。「これが最後のチャンスかもしれない」──そう思ったのです。
生まれてくる本人だけでなく、家族のためにも備えておける。未来への小さな希望を込めて、出産前に手続きを済ませておきました。
※臍帯血の再生医療への応用は、効果が確立した治療ではありません。保管を検討される際は、医師や各バンクの最新情報をご確認ください。私自身も妊娠中から調べ、実際に保管を経験した知人の話も参考にして決めました。
👶 臍帯血を採った日|産声が聞こえなかった数分間
急な陣痛から、気づけば出産に至っていました。子宮口全開→出産まで一気に進み、あっという間の出来事。
でも――赤ちゃんの泣き声が、聞こえませんでした。息をしているようにも見えず、「大丈夫なの?」という不安が一気に押し寄せてきました。
「産まれたよー」と顔を一瞬見せられ、「おめでとうございます」と言われたものの、抱っこはできず。今までの子たちは、産まれた瞬間に泣いて、臍帯を切って、胸に抱いて…までが出産の流れでした。でも今回は違っていました。
入院中に何度かあった胎児の異常、陣痛中に酸素マスクをつけられた時の「心拍が下がっている」という声が頭をよぎります。――この子、大丈夫なのかな。
処置台の向こうで吸引されたり保温されたりしている最中、ようやく小さな泣き声が聞こえました。その瞬間、「よかった、生きてた」と心の底から思いました。
37週0日で誘発分娩となり、自分では誕生日を選べなかった我が子。2000g未満のとても小さな赤ちゃんでした。
はじめての抱っこと、小さなカンガルーケア
諸々の計測が終わったあと、ようやく私の胸にやってきた赤ちゃん。
すごく小さくて、細くて、どう扱えばいいのか分からないほど。「壊れそうだな…」と感じながら、そっと腕に抱きました。
▶︎計測中の一枚(赤ちゃんが動いていて目盛は止まっていません😅)。
実際の出生体重は2000g未満でした。

ミャーミャーというか細い声で泣いていて、助産師さんが教えてくれました。「赤ちゃんは目が見えないけど、匂いでおっぱいを探すんだよ」「おっぱいの近くに抱っこしてたら、自然に吸いにくるよ」
小さすぎて私の乳首を吸うほどの力はなかったけれど、一生懸命探そうとする姿がたまらなく愛おしかった。
その後、夫が到着。
兄弟たちは入れなかったので、夫だけが分娩室に入り赤ちゃんと対面。3,000g前後で産まれた兄弟のときは「大きいね」と言っていた夫が、今回は「小さいね」とは言わず、ただ静かに抱っこしていました。(その瞬間の写真を撮り忘れたのが、今でも悔しい😨)
胎盤が出たあと、臍帯血は無事に保管へ
お腹が空いて「ごはん食べたい」と思った私ですが、まだ胎盤の娩出が終わっていなかったため、まずは「すべてを産みきる」ことに専念。(当たり前なんですけどね。)赤ちゃんがバタバタの中スポーンと出ていってしまった感があった分、「胎盤って、こんなに静かに出てくるんだ…」と素朴な感想を抱きました。
胎盤が出てきたあと、医師から「一応、検査に回しますね」と言われました。パッと見た感じでは、胎児発育不全の明らかな原因はなさそうとのこと。
そして、出産前に手続きを済ませていた臍帯血。無事に採取でき、保管することができました。
自発呼吸も安定していて、「今日は一緒に過ごせそう」と言われ、小さな生命の温もりを感じながら、夜を迎えることができました。疲れているはずなのに、アドレナリンが止まらなくて――眠れませんでした。
✍️ まとめ|最後の出産だから、民間の臍帯血保管を選んだ
- 第一子・第二子では保管しなかった臍帯血を、40歳・最後の出産で民間に保管した。無事に採取・保管できた
- 公的バンクは病気の患者さんのための無償提供、民間は自分や家族のための有料保管。病院で調整できるのは公的だけで、民間は自分で手配した
- 決め手は、家族にがんが多いこと、子どもの発達への小さな気がかり、そして「これが最後のチャンスかもしれない」という思い
- 再生医療への応用はまだ研究段階。費用はずしっと響くので、最新の情報を確かめて決めた
- 出産当日は産声がすぐに聞こえず不安だったが、2000g未満の我が子とその夜は一緒に過ごせた
※この記事は体験をもとにした記録です。同じ診断名でも、経過や治療の内容は一人ひとり違います。気になる症状があるときや、治療・服薬の判断については、必ず主治医や医療スタッフにご相談ください。

次回は、生まれた翌朝にNICU(GCU)へ入院することになった我が子のお話。小さく産まれた赤ちゃんのその後を綴ります🍀
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